月夜の手中にある懐剣を覗き込んで夕香が首を傾げた。懐剣の使い方など高が知れてい
るが、それでも必要という事は何か特別な遣い方があるのだろうと思ったのだ。
「何に使うの?」
 その問に懐剣を抜いてみせると刀身がひときわ輝いて見えた。どんな仕掛けだろうか。
鞘に収めると当然ながら光は収まった。月夜は夕香に放って投げて抜かせると肩をすくめ
た。夕香が抜いても光らない。
「一種のまじないだよ。直系、つまり宗家の血筋がこの懐剣などを持つと光るんだ。手鏡
は家紋だったっけな」
「へえ。でも男が鏡?」
「まあ、な。でも、鏡には呪いを跳ね返す力があるだろう? だから持っておくもんなん
だよ」
「へえ、呪物として?」
「ああ」
 月夜たちが言っているのは風水術の尖角照射の術だ。尖った物を家や人に向けるとその
人に禍が起こる。それを防ぐために、八卦鏡と呼ばれる、八卦を刻んだ鏡を玄関などに掲
げておくそうだ。つまり、鏡にはそのように呪術を跳ね返せるという思想が昔からある。
「懐剣はただの護身具だな。とはいっても不意打ちじゃないと、何でも出来ないが」
「へえ。突くぐらいしか出来ないの?」
「使い道としてはな。自害用だな。使い道は。多分、先祖の血も吸ってんだろうな」
 ジャケットのポケットに懐剣を突っ込むと溜め息をついた。そして、まだ雨の降ってい
る空を見上げた。
「もしかしたら、和弥が介入してくるかもしれない」
「なんで?」
「俺達が三年でやったものを一日でやらされたって泣いていた。新人以下の実力だが、結
界の強さにおいては俺以上かもしれない。教官が目をつけたということは、そういうこと
なんだろうな」
「教官が?」
 頷いた溜め息をついた。嵐の服なのだがいろいろ入っている。ジャケットならばなおさ
らだ。ポケットの中から煙草を取り出してくわえてライターなしで火をつけて深く吸い込
んだ。
「あんた、煙草吸うの?」
「まあな、たまにだよ、たまに」
 溜め息混じりに煙を吐き人差し指と中指に煙草を挟むその仕草が様になっている。
「嵐が高校になってはじめたから、俺は、中学ぐらいからたびたび吸ってたな。まあ、大
抵面倒ごとに巻き込まれてるときとかね」
「つまりこういう時」
「そ」
 あっという間に一本吸い終えて吸殻を捨て足で踏んで消火すると目を伏せた。
「行くぞ」
「どこに?」
「嵐たちと合流だ。これからの方針を話し、会長に報告。場合によってはすぐに出陣てこ
とにもなりかねないな」
「はーい」
 後ろに夕香がいることを感じながら、月夜は未来視で見たあの光景を換えるためにどう
すればいいだろうかと頭を働かせていた。一番はあの現場に夕香を連れて行かないことだ。
だが、無理だろう。どうすれば、未来を換えられるのだろうかと目を伏せた。
「月夜?」
「ん? なんだ?」
 振り返ると夕香が不思議そうな顔をしていた。首を傾げると溜め息をついて夕香を見た。
「なんだ?」
「なんか、嫌な感じがする」
 その言葉に感覚を研ぎ澄ませると脳にアイスピックを突き立てられたような鋭い痛みが
襲う。その痛みと共に思わず閉じた目蓋の裏に炎が浮かんだ。

 紅い炎。青い炎。五行の色に基づいた炎が五芒星をかたどりながら灯っていく。闇の中、
それだけが辺りを照らしている。
「来る」
 それだけが聞こえた。暗い洞窟の中、それだけがこだまして、水がはねた。

 また、頭を差し貫く。痛みをこらえながら声を漏らすまいと声を殺して断片的に流れ込
んでくる映像に肩を震わせた。

 赤い炎。闇色の犬神。呆然と立ちすくむ天狐。何かを叫ぶ会長、兄、義姉、嵐、莉那。
 そよぐススキ。夕闇に映える紅。白銀の煌き。空に手を伸ばし握り締めながらオチてい
く。白い手。紅く染まる。闇に落ちる――。
 大粒の雨をこぼし始めた空、暗い光、ほえる犬神。現れる闇色の狐。白銀の狐。全て、
何もかも紅、呉藍に染まって行く――――。
 紅く染まる視界。誰かの雫。冷たい大粒の雫。全身を洗う――――――――。


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